ノーベル経済学賞受賞者2名を含む金融工学の天才たちが設立した巨大ヘッジファンドLTCMの破たんをご存知ですか?
この記事では、ドリームチーム崩壊を招いたテールリスクとブラックスワンという計算不能の巨大リスクについて徹底解説します。
大暴落は、数年に一度発生するので用心しましょう。
目次
ドリームチーム・巨大ヘッジファンドLTCMの破たん
流動性が、金融市場の命です。
機関投資家、個人投資家を問わず、相場に関わる人間は絶対に肝に銘じておかなければなりません。
LTCM(Long-Term Capital Management)というヘッジファンドが、米国に、1994年~1999年の5年間存在しました。
右記の書籍は、パンローリング刊「マンガ LTCM 巨大ヘッジファンド崩壊の軌跡」(PR)です。文庫版で発売されていますので、気軽に読んでいただける名著です。
運用チームに、ノーベル経済学賞受賞者2名(マイロン・ショールズ、ロバート・マートン)、元FRB副議長デビッド・マリンズも含み、ドリームチームと呼ばれ、発足時に12.5億USドルもの資金を集め、鳴り物入りで運用開始しました。
運用の対象は、主に国債(ソブリン債)でした。
金融工学(統計学)を駆使して分析した結果、割安な銘柄群を買い、割高な銘柄群を売るというロング・ショート戦略を得意としていました。
1999年に破たんしたのですが、ロシア通貨危機が引き金になりました。
あまりに巨額の資金を運用していたため、自身のポジションを清算しようとすれば、さらなる暴落を招くというジレンマに陥り、身動きできない間に、天文学的な損失が発生しました。
顧客から預かった運用資金以外にも借り入れをして、25倍ものレバレッジをかけたトレードを行っていたからです。運用額は1,000億USドルを超えました。
LTCMでは、ロシア国債が債務不履行(デフォルト)になる確率は
6σ(シックスシグマ)※
100万年に3回(3.4/1,000,000)の確率であると計算していました。
(※)σ(シグマ)とは、標準偏差のことです。正規分布を前提として確率計算を行います。ボリンジャーバンドというインジケータに応用されており、私たち個人トレーダーにもお馴染みの理論です。
- ±1σ区間に収まる確率は68.2%(外れる確率は両端15.9%ずつ)
- ±2σ区間に収まる確率は95.4%(外れる確率は両端2.3%ずつ)
- ±3σ区間に収まる確率は99.7%(外れる確率は両端0.15%ずつ)
通常の確率計算で、±6σを想定することはありませんが、理論的には可能であったということです。
現代では、「テールリスク」や「ブラックスワン」と呼ばれ、確率計算上ほぼあり得ないことが、実は、たびたび起こることを、市場参加者は学習しました。
私たちが主力としている為替相場の流動性は、国債市場を軽く凌駕し驚異的なボリュームです。一日の取引総額659兆円で、日本の年間GDP497兆円を余裕で上回るのです。
ちなみに、APPLE株の時価総額は世界一で約237兆円ですが、四半期決算でサプライズがあると、10%の株価変動も珍しくありません。
一般の個別株式の流動性は信じられないほど低いため、2021年1月に問題となったヘッジファンドVSロビンフッダーによる「ゲームストップ」株の乱高下騒動などが、またいつ起きても不思議ではありません。
テールリスクとブラックスワン
「テールリスク(Tail Risk)」とは、金融工学に基づく確率計算上、発生することが想定できないほどの暴騰あるいは暴落が実際に発生するリスクのことで、2020年3月のコロナ渦や2008年9月のリーマンショックによる株価暴落などが典型例です。
テールとは文字通り尻尾のことで、釣り鐘型の正規分布図の±3σ以上離れた両端を指します。
このテールは「ファットテール(Fat Tail)」とも呼ばれ、太い尻尾のことですが、正規分布図の末端(ほぼあり得ない事象)が示現する可能性が実は相当程度高いということです。100万年に3回ではなく、現代では、数年に1回程度起こると考えられています。
「ブラックスワン(Black Swan)」イベントとは、マーケットで事前にほぼ予想できないため、起こってしまった場合の衝撃が桁違いに大きな事象のことをいいます。
従来は全ての白鳥は白いと考えられていましたが、オーストリアで黒い白鳥が発見されたことで鳥類学者の常識が覆されたことを語源とします。
2020年のコロナショックや2016年の英国でEU離脱の国民投票が可決されたこと、同年トランプ大統領が誕生したことなどが、近年のブラックスワンとして有名です。
ロシア国債が債務不履行(デフォルト)になる確率は「±6σ(シックスシグマ)の外側=3.4/1,000,000」ではなかったということです。
ノーベル経済学賞を受賞するほどの天才学者が緻密に計算した確率であったとしても、実際の相場で常に通用する訳ではなく、予測不能なクラッシュが頻繁に起こってしまう訳ですが、その原因は「流動性」にあります。
どんな大きなポジションを一気に手仕舞いしたとしてもビクともしないようなマーケットは存在しないということですが、為替相場が最も流動性が高く、テールリスクが最も低いことは事実です。
スイスフランショックとフラッシュ・クラッシュ
しかし、そんな為替相場でも、タイミング悪く不意打ちを食らうと、突如として潤沢な流動性が失われてクラッシュするという例を紹介します。
2015年1月15日のスイス国立銀行(SNB)理事会にて、2011年9月から約3年にわたって為替介入を繰り返し、ほぼ固定化されていた、EUR/CHF(ユーロスイスフラン)の下限1.20のレートの放棄を発表した瞬間、スイスフラン相場が一気に暴騰しました。
通常の潤沢な流動性が消滅し、ストップの連鎖によりEUR/CHFは一気に0.85まで30%以上の暴落、スイスフランを売り持ちしていたトレーダーはポジションの精算もままならず、証拠金をはるかに超えるマイナス勘定となりました。
個人向けブローカーの大手アルパリUKは、顧客の損失を肩代わりせざるを得ない状況に追い込まれたとして、数日後に破産を申請しました。
その他にも、閉鎖に追い込まれたブローカーが数社あり、巨額な損失を被った大手銀行も少なくありません。
このような値動きを「フラッシュ・クラッシュ」といいます。まばたきするくらいのあっという間に相場が暴落⇔暴騰する現象です。
スイスショックは、欧州の通常のビジネスタイムに発生しましたが、為替相場におけるフラッシュ・クラッシュは、流動性が極端に低い時間帯に起こるのが特徴です。
典型例として、日本の正月休み、欧米のビジネスタイム外の2019年1月3日午前7時過ぎ、10分弱のあいだにドル円が4円以上暴落(⇒暴騰で往ってこい)したフラッシュ・クラッシュが有名です。
主因は、APPLEが前日に中国向けiPhone販売不調を発表したことによるリスクオフの円高とされますが、ヘッジファンドによるアルゴリズム取引と高頻度取引(HFT)が急激な値動きに拍車をかけたと考えられています。
通常のビジネスタイムに、人為的な誤発注がきっかけになるフラッシュ・クラッシュもあり、油断はできません
【徹底解説 2023年版】5大フラッシュクラッシュ | FXの最大リスクとは?完璧な流動性が保証されている金融商品はないので、せめてオーバーナイトは避ける。
私がオーバーナイトのポジションを嫌うのは、このような暴落⇔暴騰で、自分が寝ているあいだに大損失を被るのが絶対に許せないからです。
最も流動性が高い為替相場で、最も流動性が高いビジネスタイムに、チャートを目視し続けて、適切なストップ注文を必ず入れておくことで、上記のような悲劇を可能な限り避けることができるようになります。
【為替相場一日の取引量ランキング】1位ユーロドル、2位ドル円、3位ポンドドル相場というのは、何に取り組んでも本当に恐ろしいのです。
ブラックスワンが数年に一度やってきてマーケットをクラッシュさせ、その痛みもいつの間にか忘れ去られた頃、また同じような悲劇が違った形で繰り返し襲ってきます。
特に、個別株式の投資は流動性が極端に低く、かつ何年にもわたりオーバーナイトさせることが前提ですから、私には恐ろしくてできません。
上野ひでのり