最新の「実質金利の国際比較」月報
「実質金利」は、金融市場や金融政策を考えるうえで重要な指標です。
ただし、どの名目金利とインフレ率を組み合わせるかによって、得られる数字も、その意味も変わります。
将来の期待インフレ率を使うのか、実績の物価上昇率を使うのかという違いに加え、国際比較では各国のコアCPIの定義や住宅費の扱いも確認する必要があります。
同じ計算式を使うだけでは、比較の条件が揃ったとは言えません。
上野ひでのり総研のリサーチ・テーマ04では、日本、米国、ユーロ圏、英国、豪州、ニュージーランド、カナダ、スイスの主要8地域を対象に、定義差を明示しながら、できるだけ共通した計算思想で実質金利を比較します。
このページでは、理論上の基礎、採用する指標、検証結果と限界を整理し、継続的に更新する月次分析へつなげます。
2026年8月の同月比較では、日本の短期実質金利は8地域で最低、長期実質金利は低い方から3番目です。
直近12か月・24か月では両指標が上昇していますが、5年間では短期が低下し、長期が上昇しています。
1|実質金利とは何か
実質金利は、名目金利から物価変動の影響を取り除き、購買力の変化を考えるための概念です。
金利の数字だけを見る場合とは、経済環境の評価が異なることがあります。
1.1|名目金利とインフレ率から考える
理論上の基準となるのは、将来の期待インフレ率を考慮した事前的実質金利(ex ante real rate)です。
近似的には、次の関係で表されます。
実質金利 ≒ 名目金利 − 期待インフレ率
名目金利をi、実質金利をr、期待インフレ率をπeとすると、期待インフレ率を所与とする単純なFisher関係は次の形になります。
ここで各率は、小数で表します。
1 + r = (1 + i) / (1 + πe)
比較にあたっては、名目金利の対象期間と、期待インフレ率の対象期間を対応させる必要があります。
長期金利を評価するなら、その期間に対応する将来の物価上昇を考えるのが理論的な出発点です。
1.2|事前的実質金利と事後的実質金利の違い
事前的実質金利は、意思決定の時点で予想される将来のインフレ率を使います。
企業の投資や家計の消費・貯蓄を考える際には、この事前的な見方が基準になります。
一方、事後的実質金利(ex post real rate)は、対象期間が終わった後に判明する実績インフレ率を使います。
過去の購買力が結果としてどう変わったかを検証するための指標です。
期待と実績は一致するとは限りません。
また、現在の金利から過去のCPI前年比を差し引くだけでは、期間の対応した事後的実質金利にもなりません。
1.3|市場で使われる「実質金利」は多くが代理指標
市場分析では、政策金利や長期金利から、現在のインフレ率を差し引く指標が使われます。
計算が分かりやすく、継続して比較しやすい一方、現在のCPI前年比は将来の期待インフレ率ではありません。
本研究では、政策金利からコアCPI前年比を差し引く指標を短期実質金利、10年国債利回りからコアCPI前年比を差し引く指標を長期実質金利と呼びます。
これらは、分析対象を一定の方法で捉えるためのプロキシ(代理指標)です。
本研究で比較するのは、定義を明示した実務上のプロキシであり、厳密な事前的実質金利そのものではありません。
この区別を前提に、国際比較に使うインフレ指標を検討します。
2|コアCPIは本当に国際比較できるのか
実質金利の比較では、名目金利から何を差し引くかが結果を左右します。
本研究では各国の公式コアCPIを採用しますが、その対象範囲は完全には一致していません。
2.1|「コアCPI」は世界共通の統計ではない
コアCPIは、食品やエネルギーなどを除いて物価動向を見るための指標です。
ただし、除外する品目の境界には、各国の統計制度や分類方法が反映されています。
食品という言葉だけでも、非酒類飲料、外食、外食時の酒類まで同じ範囲を指すとは限りません。
たばこ、住宅費、行政価格などの扱いにも違いがあります。
「コアCPI」という名称が共通していても、世界共通のバスケットを使った統計ではありません。
そこで本研究では、主要8地域について13の比較軸から定義差を整理しました。
2.2|主要8地域のコアCPI定義比較表
以下のCore CPI Definition Matrix(コアCPI定義比較表)は、本研究で採用する各地域のコアCPIについて、品目の扱いを比較したものです。
JPYは日本、USDは米国、EURはユーロ圏、GBPは英国、AUDは豪州、NZDはニュージーランド、CADはカナダ、CHFはスイスを示します。
Eは除外(Excluded)、Iは含む(Included)、Pは一部除外(Partially excluded)です。
Dは、単純な含む・除外だけでは表せない定義差(Definition-specific)を示します。
| 比較軸 | JPY | USD | EUR | GBP | AUD | NZD | CAD | CHF |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| Food | E | E | E | E | E | E | E | P |
| Non-alcoholic beverages | E | E | P | P | P | E | E | I |
| Alcohol | P | I | P | P | I | I | I | I |
| Tobacco | I | I | E | E | I | I | I | I |
| Energy | E | E | E | E | E | E | E | E |
| Electricity | E | E | E | E | E | E | E | E |
| Gas / household fuels | E | E | E | E | E | E | E | E |
| Automotive fuel | E | E | E | E | E | E | E | E |
| Restaurant meals / food away from home | E | E | I | I | P | E | E | I |
| Fresh / seasonal food | E | E | E | E | E | E | E | D |
| Housing-related items | D | D | D | D | D | D | D | D |
| Administered / regulated prices | P | P | P | P | P | P | P | P |
| その他独自除外項目 | D | D | D | D | D | D | D | D |
この表は、どの地域のコアCPIが正しいかを判定するためのものではありません。
各地域の公式指標が持つ境界を示し、比較条件を読者と共有するための表です。
13の比較軸は、すべて相互に独立した分類ではありません。
エネルギーと、電気、ガス・家庭用燃料、自動車燃料は、上位概念とその内訳の関係にあります。
PやDも、公式定義が不明確であることを意味しません。
一つの含む・除外という記号だけでは、対象範囲や測定方法の違いを十分に表せないことを示しています。
2.3|主要8地域のコアCPI最新値
本研究で実質金利の計算に使用する、主要8地域のコアCPI前年比は以下の通りです。
2026年8月の共通対象月で比較しています。
各地域の採用系列は完全に同一定義ではありません。
日本は総務省「食料(酒類を除く)及びエネルギーを除く総合」の公式公表前年比を使用し、
ニュージーランドは直近月の推計値を使用しています。
| 地域 | コアCPI前年比(%) | 値の区分 |
|---|---|---|
| 日本 | 1.6 | 公式公表前年比 |
| 米国 | 2.446 | 公式系列 |
| ユーロ圏 | 2.405 | 公式系列 |
| 英国 | 2.570 | 公式系列 |
| 豪州 | 3.531 | 公式系列 |
| ニュージーランド | 2.284 | 直近月推計値 |
| カナダ | 2.122 | 公式系列 |
| スイス | 0.400 | 公式系列 |
2.4|同じ計算式でも「同じ物差し」とは限らない
定義差が分かりやすく表れるのが、食品・外食・酒類の境界です。
米国では外食の食品がコアCPIから除外される一方、外食酒類は含まれます。
ユーロ圏や英国では、小売食品を除外しても飲食サービスは残ります。
豪州ではレストランの食事と持ち帰り・ファストフードの扱いが異なり、ニュージーランドとカナダではレストラン食品も除外対象です。
スイスは、食品全体を一括して除く方式とは異なります。
生鮮・季節性のある品目などを除く独自の構造があり、食品という大分類だけでは比較できません。
住宅費にも重要な違いがあります。
日本や米国の帰属家賃・賃貸等価による持家住宅サービスの扱いと、持家の帰属家賃を含まないユーロ圏のHICPは、同じ構造ではありません。
英国のCPIとCPIHでも持家住宅費の扱いが異なり、豪州、ニュージーランド、カナダにもそれぞれの測定方式があります。
こうした違いを表すため、住宅関連項目は全地域でDとしています。
完全な共通バスケットを独自に構築すると、品目の対応、ウェイト、住宅費の評価などについて追加の判断が必要になります。
本研究では各国の公式系列を使用し、その定義差を開示することで、透明性と再現可能性を確保します。
2.5|各国の消費者物価指数は、いつ・誰が発表するのか
本研究で使用するコアCPIは、各地域の統計機関が公表する公式系列を基礎としています。
公表頻度や発表時期には違いがあり、比較する際には対象月に加えて、公式公表値か推計値かも確認する必要があります。
| 地域 | 発表主体 | 原系列の公表頻度 | 通常の発表時期の目安 | 本研究での扱い |
|---|---|---|---|---|
| 日本(JPY) | 総務省統計局 | 月次 | 翌月20日前後~下旬 | 公式月次系列を使用。 |
| 米国(USD) | 米国労働統計局(Bureau of Labor Statistics:BLS) | 月次 | 翌月10~15日前後 | 公式月次コアCPIを使用。 |
| ユーロ圏(EUR) | 欧州統計局(Eurostat) | 月次 | 速報は当月末~翌月初、確報は翌月中旬 | ユーロ圏全体の集計系列を使用。速報値を使用する場合は区別して表示。 |
| 英国(GBP) | 英国国家統計局(Office for National Statistics:ONS) | 月次 | 翌月中旬 | 公式月次コアCPIを使用。 |
| 豪州(AUD) | 豪州統計局(Australian Bureau of Statistics:ABS) | 月次 | 原則として翌月最終水曜日付近 | 公式系列を使用。本研究で定めた月次化方法と、公式値・補間値・推計値の区分に従って表示。 |
| ニュージーランド(NZD) | ニュージーランド統計局(Stats NZ) | 四半期 | 四半期終了後おおむね3週間前後 | 公式四半期系列を基礎に、本研究の方法で月次化。補間値と直近月の推計値を区別して表示。 |
| カナダ(CAD) | カナダ統計局(Statistics Canada) | 月次 | 翌月中旬 | 公式月次コアCPIを使用。 |
| スイス(CHF) | スイス連邦統計局(Federal Statistical Office:FSO) | 月次 | 翌月初旬 | 公式月次コアCPIを使用。 |
上表は通常の発表時期の目安であり、祝日・年間スケジュール・制度変更などによって前後するため、最新の公表日は各統計機関の公式リリースカレンダーで確認してください。
各国のコアCPIには定義差だけでなく公表タイミングの差もあり、同じ月の値でも市場が知る時期は一致しません。
3|日本のコアCPIを国際比較でどう扱うか
国際的な定義差を確認したうえで、日本について採用する系列と、その判断理由を整理します。
日本で一般に使われる呼称と、今回の比較に使う公式指標を区別することが出発点です。
3.1|日本の「コア」「コアコア」は国際共通語ではない
日本で一般に「コアCPI」と呼ばれるのは、「生鮮食品を除く総合」です。
これは生鮮食品以外の食料やエネルギーを含むため、食品とエネルギーを除く指標とは対象範囲が異なります。
「コアコア」という呼称も、一義的な国際共通名称ではありません。
呼び方だけで判断せず、公式の系列名称と除外対象を確認する必要があります。
| 呼称・指標 | 対象範囲と本研究での扱い |
|---|---|
| 日本で一般にいう「コアCPI」 | 生鮮食品を除く総合。本研究の日本の採用コアCPIとは異なります。 |
| 日本で一般にいう「コアコアCPI」 | 一般には「生鮮食品及びエネルギーを除く総合」を指して使われる呼称です。ただし、除外範囲の異なる物価指数も存在するため、本研究では「コアコア」という略称だけで系列を特定せず、公式名称で区別します。 |
| 本研究の日本の採用コアCPI | 食料(酒類を除く)及びエネルギーを除く総合。 |
3.2|本研究で採用する日本のコアCPI
本研究では、総務省が公表する「食料(酒類を除く)及びエネルギーを除く総合」を日本のコアCPIとして使用します。
公式系列をそのまま採用し、独自の日本コアCPIを新設しません。
この選択によって、日本で一般にいう「コアCPI」よりも、主要国のコアCPIと比較しやすい定義を採用します。
ただし、外食酒類や住宅費などの違いまで解消されるわけではありません。
3.3|日米の定義差を実際に測ってみる
確認できる日米差の一つが、外食酒類の扱いです。
日本の採用コアCPIでは「ビール(外食)」が除外される一方、米国のコアCPIでは外食酒類が残ります。
本研究では、日本の「ビール(外食)」を用い、その除外による影響を限定的に試算しました。
比較したのは、参考値の前年比から日本の公式コアCPIの前年比を差し引いた差です。
| 項目 | 限定試算の内容・結果 |
|---|---|
| 対象期間 | 2016年1月~2026年8月 |
| 対象品目 | 日本の「ビール(外食)」 |
| 比較する差 | 参考値-日本公式コアCPI前年比 |
| 平均 | +0.0085%ポイント |
| 最大 | +0.0268%ポイント |
この試算で確認した差が、実質金利比較へ与える影響は非常に小さいと判断しました。
ただし、これは確認可能な代表品目を用いた限定試算であり、日米の全定義差を測定した結果ではありません。
住宅費を含む他の定義差や、すべての外食酒類を網羅した試算でもありません。
したがって、ここでの最大値を日米全体の定義差の上限として扱うことはできません。
3.4|定義差は無視しない。しかし補正もしない
定義差は無視しない。しかし補正もしない。
これが、定義の確認と限定試算を踏まえた本研究の正式な判断です。
確認した差を理由に日本の公式コアCPIを補正する必要性は小さく、補正を行っても他の定義差は残ります。
共通バスケットを目指した独自指数の構築には、さらに多くの分類・接続上の判断が必要です。
本研究では公式系列の透明性、再取得可能性、継続更新の安定性を優先します。
日本の公式コアCPIを無補正で使用し、定義差と限定試算の範囲をハブと月次レポートで開示します。
4|本研究モデルの短期・長期実質金利
インフレ指標の採用方針を定めたうえで、名目金利との組み合わせを整理します。
政策金利と10年国債利回りは、異なる金利環境を見るために使い分けます。
本研究でいう短期実質金利・長期実質金利は、比較可能性と速報性を重視した本研究独自のプロキシモデルです。
将来の期待インフレ率を使う厳密な事前的実質金利そのものとは区別します。
4.1|短期実質金利(政策金利ベース)
短期実質金利には、政策金利と、各地域で採用したコアCPI前年比を使用します。
計算式は、次のとおりです。
政策金利 − コアCPI前年比 = 短期実質金利
この指標は、政策金利が現在のコアCPI前年比に対してどの位置にあるかを、共通の計算式で確認するためのものです。
ただし、この値だけで金融政策全体の引き締め・緩和の程度が確定するわけではありません。
期待インフレ率や中立金利などを直接測る指標でもありません。
4.2|長期実質金利(10年国債利回りベース)
長期実質金利には、10年国債利回りと、短期実質金利の場合と同じコアCPI前年比を使用します。
計算式は、次のとおりです。
10年国債利回り − コアCPI前年比 = 長期実質金利
この指標は、10年国債利回りの水準を、現在のコアCPI前年比との関係から比較するためのものです。
10年国債利回りと、過去の物価変動を示すコアCPI前年比では、対象期間が一致しません。
そのため、今後の長期間にわたる購買力や、満期までの実質収益率を直接示す数字ではありません。
4.3|なぜこのモデルを使うのか
国際比較に使う指標には、経済学上の意味だけでなく、継続して取得・検証できることも求められます。
本研究では、このモデルを次の基準から評価します。
| 評価基準 | 確認する内容 |
|---|---|
| 透明性(Transparency) | 採用系列と計算方法を明示できるか。 |
| 再現可能性(Reproducibility) | 第三者が同じデータと方法で結果を再現できるか。 |
| 速報性(Timeliness) | 継続的な月次分析に必要な時期に更新できるか。 |
| 国際比較可能性(International Comparability) | 各地域の定義差を把握し、共通の計算思想で比較できるか。 |
| 安定性(Stability) | 定義変更や系列改定を管理し、継続性を維持できるか。 |
| 簡潔性(Simplicity) | 計算方法と指標の意味を読者が理解できるか。 |
| 経済的意味(Economic Meaning) | 何を捉える指標なのかを、限界とともに説明できるか。 |
| 検証可能性(Auditability) | 原典、採用値、計算結果を辿って確認できるか。 |
単純な計算式には、変化の内訳を確認しやすい利点があります。
一方、計算が簡単であることと、比較条件が完全に同じであることは区別する必要があります。
本研究では、短期実質金利と長期実質金利を月次比較の基本モデルとして使用します。
両者を併せて示すことで、政策金利を使う場合と長期金利を使う場合の違いを確認します。
5|主要8地域の実質金利を比較する
主要8地域を比較できる共通の対象月は、2026年8月です。
コアCPI前年比、政策金利、10年国債利回りの対象月を揃え、短期実質金利と長期実質金利をそれぞれ比較します。
5.1|短期実質金利の国際比較
日本の短期実質金利は−0.600%で、8地域で最も低い水準です。
政策金利は1.0%、コアCPI前年比は公式公表値で1.6%となっています。
| 地域 | 短期実質金利(%) | 順位(低い方から) |
|---|---|---|
| 日本 | −0.60 | 1 |
| 米国 | +1.18 | 7 |
| ユーロ圏 | −0.15 | 3 |
| 英国 | +1.18 | 8 |
| 豪州 | +0.82 | 6 |
| ニュージーランド | +0.22 | 5 |
| カナダ | +0.13 | 4 |
| スイス | −0.40 | 2 |
次に低いスイスは−0.400%です。
日本と他7地域の単純平均との差(日本-他7地域平均)は−1.024%ポイントで、日本の短期実質金利は平均より低い位置にあります。
表の数値は表示上丸めており、順位は丸め前の値に基づきます。
米国の政策金利には、目標レンジの中間値を使用しています。
5.2|長期実質金利の国際比較
日本の長期実質金利は+1.341%で、8地域のうち低い方から3番目です。
日本の10年国債利回り2.941%と、コアCPI前年比1.6%を組み合わせた結果です。
| 地域 | 長期実質金利(%) | 順位(低い方から) |
|---|---|---|
| 日本 | +1.34 | 3 |
| 米国 | +2.31 | 6 |
| ユーロ圏 | +0.92 | 2 |
| 英国 | +2.51 | 8 |
| 豪州 | +1.58 | 4 |
| ニュージーランド | +2.49 | 7 |
| カナダ | +1.62 | 5 |
| スイス | +0.02 | 1 |
日本はスイスとユーロ圏より高く、他の5地域より低い位置にあります。
他7地域の単純平均との差(日本-他7地域平均)は−0.293%ポイントです。
表の数値は表示上丸めており、順位は丸め前の値に基づきます。
ユーロ圏については、ユーロ圏全体のコアCPI前年比とドイツの10年国債利回りを組み合わせています。
5.3|現在の国際比較から何が分かるか
日本は短期実質金利では8地域で最低ですが、長期実質金利では低い方から3番目です。
同じコアCPI前年比を差し引いても、使う名目金利によって日本の位置づけは異なります。
日本の実質金利が他地域と変わらないという結果ではなく、両指標とも他7地域の単純平均を下回っています。
一方、両指標をまとめて「日本だけが突出した低実質金利国」とする説明は、2026年8月の同月比較からは支持されません。
本研究では「突出」を判定する数量基準を設定していません。
最低という順位と、他地域からどの程度離れているかという評価は、分けて読む必要があります。
豪州・ニュージーランドの時系列に含まれる補間値や直近月の推計値は、公式公表値と区別して表示します。
今回の比較では、ニュージーランドの2026年8月のコアCPI前年比に直近月の推計値を使用しています。
各チャートの脚注では、補間値(interpolated)・直近月推計値(nowcast)の対象月と、比較への使用範囲を明示します。
一部の10年金利データには、月末値が同月の高値・安値の範囲と整合しない点が残っています。
補助データによる照合では、最新の長期実質金利の順位と期間別変化の符号は変わりませんでしたが、不整合の原因は未確定です。
6|日本の実質金利はどう変化したのか
現在の日本が低い位置にあることと、過去からどちらへ動いてきたかは、別の問いです。
ここでは2026年8月を終点に、直近の変化と5年間の変化を確認します。
6.1|現在の水準だけでは見えないこと
日本の短期実質金利は現在もマイナスですが、各年8月を比較すると、2023年以降はマイナス幅が縮小しています。
長期実質金利も、2023年以降は上昇しています。
| 比較時点 | 短期実質金利(%) | 長期実質金利(%) |
|---|---|---|
| 2021年8月 | +0.600 | +0.724 |
| 2022年8月 | −0.800 | −0.475 |
| 2023年8月 | −2.800 | −2.049 |
| 2024年8月 | −1.450 | −0.809 |
| 2025年8月 | −1.100 | +0.003 |
| 2026年8月 | −0.600 | +1.341 |
この表は各年の同じ月を抜き出した比較であり、その間の毎月の動きをすべて示すものではありません。
それでも、現在の順位だけでは見えない、日本の水準の変化を確認できます。
6.2|12か月・24か月・数年間の変化
直近12か月と24か月では、日本の短期・長期実質金利がともに上昇しています。
一方、2021年8月からの60か月で見ると、短期と長期で方向が分かれます。
| 比較期間 | 短期実質金利の変化(%ポイント) | 長期実質金利の変化(%ポイント) |
|---|---|---|
| 12か月:2025年8月~2026年8月 | +0.500 | +1.338 |
| 24か月:2024年8月~2026年8月 | +0.850 | +2.150 |
| 60か月:2021年8月~2026年8月 | −1.200 | +0.617 |
直近12か月では、米国、ニュージーランド、カナダの短期実質金利が低下する一方、日本は上昇しています。
長期実質金利は8地域すべてで上昇しており、短期と長期では変化の広がりが異なります。
日本の12か月の変化を分解すると、コアCPI前年比は両時点とも公式公表値で1.6%です。
公表精度でのコアCPIの変化による寄与は0.0%ポイントで、短期の+0.500%ポイント、長期の+1.338%ポイントという上昇は、算術上すべて名目金利側の上昇に対応します。
24か月では、コアCPI前年比が1.7%から1.6%へ低下し、両実質金利に対する寄与は+0.1%ポイントです。
政策金利の寄与は+0.750%ポイント、10年国債利回りの寄与は+2.050%ポイントで、名目金利側の寄与の方が大きい結果です。
60か月では、コアCPIの変化による寄与は両指標とも−2.300%ポイントです。
名目金利側の寄与は、政策金利が+1.100%ポイント、10年国債利回りが+2.917%ポイントとなり、合計では短期実質金利が低下、長期実質金利が上昇しています。
以上は、名目金利の変化とコアCPI前年比の変化を計算式に沿って分けた算術上の内訳です。
金利や物価が動いた経済的な原因を推定した結果ではありません。
6.3|日本は本当に突出した低実質金利国なのか
今回の結果では、日本の短期実質金利は主要8地域で最低です。
長期実質金利も低い位置にありますが、日本より低いスイスとユーロ圏が確認できます。
日本の実質金利は低い位置にありますが、直近12か月・24か月では、短期・長期ともに上昇しています。
現在の水準と変化の方向を併記することで、日本の金利環境をより具体的に捉えられます。
ただし、5年間全体では短期実質金利が低下し、長期実質金利が上昇しています。
日本の実質金利や金融環境が、一方向に変化してきたとまとめることはできません。
「日本だけが突出した低実質金利国なのか」という問いには、短期と長期、現在の水準と期間別の変化を分けて答える必要があります。
本研究では、その違いを具体的な数値で示し、各国のコアCPI定義差や推計値の使用も踏まえて結果を読みます。
7|日銀の「基調的な物価上昇率」という特殊性
日本の物価を考える際には、公式CPIに加えて、日銀が評価する「基調的な物価上昇率」が論点になります。
本研究では、この評価と、国際比較に採用する公式コアCPIを区別します。
7.1|公式CPIとは異なる「基調的インフレ」
日銀には「基調的な物価上昇率=〇%」という単一の公式月次系列はありません。
一時的な変動の背後にある持続的な物価動向を、複数の情報から評価しています。
大きく分けると、CPIから一時的・特殊要因を除く指標、中長期の予想物価上昇率、経済モデルによるトレンドインフレ推計の三つのアプローチがあります。
さらに、需給や労働需給、賃金なども含めて総合判断します。
今回確認した2026年8月の月次指標は、次のとおりです。
日銀が公表する調査統計局スタッフの試算であり、それぞれ除外対象や算出方法が異なります。
| 月次インフレ率の指標 | 2026年8月の値 |
|---|---|
| 除く生鮮食品・特殊要因 | 2.6% |
| 除く生鮮食品・エネルギー・特殊要因 | 2.2% |
| 除く食料・エネルギー・特殊要因 | 1.8% |
| 刈込平均値 | 2.2% |
| 加重中央値 | 1.5% |
| 最頻値 | 1.3% |
特殊要因を除く系列は、制度変更などの影響を調整したものです。
刈込平均値、加重中央値、最頻値は、品目別の価格変動の分布から物価動向を捉えます。
この6指標は1.3~2.6%に分布しています。
これは今回確認した指標の範囲であり、日銀の公式レンジや統計的信頼区間を示すものではありません。
| 価格変動の広がりを示す指標 | 2026年8月の値 |
|---|---|
| 上昇品目比率 | 74.3% |
| 下落品目比率 | 21.2% |
| 上昇-下落品目比率(DI) | 53.1%ポイント |
品目比率とDIは、価格上昇・下落の広がりを示し、インフレ率の水準とは異なります。
したがって、上記の1.3~2.6%という範囲には含めません。
7.2|なぜ一つの数字として再現しにくいのか
個別の指標の公表値を確認することと、それらを合わせた総合評価を再現することは、別の作業です。
日銀の基調的インフレの評価は、第三者が単一の算式から一意の値を得る性質のものではありません。
| 観点 | 今回確認した内容と限界 |
|---|---|
| 透明性 | 月次指標の公表値や算出方法、モデル研究の仕様を確認できます。ただし、指標ごとに対象範囲や前提が異なります。 |
| 再現可能性 | 公表表からの値の確認と、元の推計を全面的に再構築することは区別します。今回、日銀の元推計やモデル全体を再推計したわけではありません。 |
| 政策判断上の裁量 | 複数の指標と経済情報をどう重視するかを含むため、公表値の単純平均から総合評価を再現することはできません。 |
特殊要因の調整方法、統計の基準やウェイト、データ改定によって、指標の値は変わり得ます。
モデル推計も、仕様や入力データの更新に伴う改定を考慮する必要があります。
7.3|基調的インフレは補助研究として扱う
本研究の日本の採用コアCPIは、「食料(酒類を除く)及びエネルギーを除く総合」の公式公表前年比で、2026年8月は1.6%です。
日銀の「除く食料・エネルギー・特殊要因」1.8%は、これより+0.2%ポイント高い値です。
食料とエネルギーを除く点では比較上近いものの、特殊要因の調整などが異なるため、同一定義の系列ではありません。
この差を、どちらかの誤差や同一系列の乖離と断定することはできません。
既存のモデル研究については、対象期間と確認できる精度を区別して扱います。
| モデル研究 | 対象期間 | 確認結果と本研究での扱い |
|---|---|---|
| 中島によるトレンドインフレ推計(M1) | 2026年第2四半期(4~6月) | 著者推計は1.686%、±1σの範囲は1.174~2.198%。2026年8月の月次指標とは異なる期間であり、同月比較ではありません。 |
| トレンド・循環を分けるモデル(M4) | 原研究の推計期間は2024年第3四半期まで | 原研究と日銀レビューによる1%台後半~2%近傍という定性的な位置づけを参照します。最新期の厳密な点値は採用していません。 |
M1の±1σは、そのモデル推計に伴う不確実性の表示です。
月次6指標の分布範囲とは性格が異なり、2026年8月の基調的インフレの信頼区間としては扱いません。
採用コアCPI1.6%は、今回確認した月次指標の範囲内にあり、比較上近い1.8%系列や、異期間のM1推計1.686%とも近い位置にあります。
今回の結果から、採用コアCPIが基調的インフレを大幅に過小評価しているという結論は得られませんが、全指標が1.6%で一致しているわけでもありません。
この補助研究で確認した値を、公式コアCPIの代替値として国際比較へ組み込むことはしません。
主要8地域の比較では、公式コアCPIを無補正で採用する方針を維持します。
独自の月次基調インフレモデルを新たに構築しなくても、今回の補助研究の目的は満たせました。
MUCSVO、動学因子モデル、状態空間モデルなどは将来の研究候補として残し、今回は独自推計値を追加していません。
7.4|日本の金融政策をどう読むか
月次の複数指標とM1を併せると、1%台半ば~2%程度を中心に、幅をもって読むのが妥当と判断します。
これは、指標の性格と対象期間の違いを踏まえた本研究の限定的な判断です。
「日本の実際の基調インフレ率は3%超」という評価は、今回確認した日銀公式月次指標および既存モデル推計からは支持されません。
今回未確認の指標まで含めて、その可能性を完全に否定したものではありません。
中長期の予想物価上昇率については、今回は概念を整理し、最新値の比較は行っていません。
したがって、ここでの確認結果は、需給・労働需給・賃金などを含む日銀の包括的な政策判断を再現したものではありません。
この研究ハブでは、確認できる事実と再現可能性の範囲を整理します。
透明性や政策判断上の裁量に対する評価・批評は、研究結果を材料とする上野ひでのり署名レポートで扱います。
研究上の留意点
各国コアCPIの定義は完全には同一ではありません。
食品・外食・酒類、住宅費、各国固有の除外項目などの差を踏まえて比較する必要があります。
本研究の短期・長期実質金利はプロキシモデルによる指標であり、厳密な事前的実質金利そのものではありません。
対象期間の不一致、物価統計の公表ラグ、データ改定や推計値の使用範囲にも留意してください。
データ・算出方法
コアCPIには各地域の公式系列を使用し、日本では総務省の「食料(酒類を除く)及びエネルギーを除く総合」を無補正で採用します。
日本のコアCPI前年比には、総務省が公表する公式の前年同月比を使用します。
政策金利からコアCPI前年比を差し引いたものを短期実質金利、10年国債利回りからコアCPI前年比を差し引いたものを長期実質金利とします。
今回の国際比較は2026年8月に統一し、期間別の変化も同月を終点として比較しています。
月次レポート
月次レポートでは、主要8地域の比較と日本の変化を継続して確認します。
各国コアCPIの定義が完全には同一でないことを常設注記とし、各号で使用したデータの対象月と推計値の有無を示します。
数値計算と検証はPythonで行い、検証済みデータをもとにLLMを文章化支援に使用しています。
最終的な分析内容の確認・監修および文責は上野ひでのりが負います。



